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京都地方裁判所 昭和60年(わ)1071号 判決

本籍

京都市伏見区中島堀端町四一番地

住居

右同所

農業

山本壽

昭和三年八月二三日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき当裁判所は検察官山田廸弘出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役八月及び罰金一二〇〇万円に処する。

右罰金を完納しないときは金三万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

右懲役刑については、この裁判確定の日から三年間その執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、自己の所有する京都市伏見区中島外山町二〇番地ほか二筆の田を昭和五八年七月一八日三億七〇〇万円で売却譲渡したことに関して、右譲渡にかかる所得税を免れようと企て、全日本同和会京都府・市連合会会長鈴木元動丸、同連合会事務局長長谷部純夫、同連合会事務局次長渡守秀治らと共謀の上、自己の実際の五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は一億五、一八七万三、七四一円、総合課税の総所得(不動産所得、給与所得)は二〇八万五、八〇〇円で、これに対する所得税額は四、三八三万五、〇〇〇円であるにもかかわらず、昭和五九年三月一五日、京都市伏見区鎚屋町所在所轄伏見税務署において、同署長に対し、右譲渡収入により同五九年末までに特定事業用資産を買い換える見込みである旨の買換え承認申請書を添付した所得税確定申告書を提出して右譲渡にかかる所得税の申告期限の延期手続きをした上、右土地の売却代金が二億四〇〇〇万円である旨過少申告するとともに株式会社ワールドが有限会社同和産業(代表取締役鈴木元動丸)から一億円の借入れをし、その債務について自己が連帯保証人となり、右ワールドが破産したことから右連帯保証債務を履行するために右不動産を譲渡し、その譲渡収入で同五九年四月一〇日八、五〇〇万円履行したが、右ワールドに対する求償不能により同額の損害を被った旨仮装するなどし、同六〇年四月一九日、右税務署において、同署長に対し、自己の五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は四七八万二、九九六円、総合課税の総所得金額は二〇八万五、八〇〇円で、これに対する所得税額は九九万七、八〇〇円である旨の内容虚偽の所得税修正申告書を提出し、もって不正の行為により右の正規の所得税額四、三八三万五、〇〇〇円との差額四、二八三万七、二〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述

一  証人孫仲奎の当公判廷における供述調書(検第11号を除く四通)

一  藤原作男、玉田善治、鈴木元動丸及び長谷部純夫の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書

一  同作成の証明書(二通)

(補足説明)

被告人及び弁護人は、被告人は判示鈴木元動丸らと共謀した事実はなく、鈴木元動丸から同人が属する全日本同和会で納税申告手続を代行すれば税金が半分になるといわれ、同人が同和会を通じて適法に減税措置を講じてくれるものと信じて同人に本件所得税申告手続を依頼したもので、その申告内容も事前に知らされておらず、被告人には脱税の故意がなかった旨主張するので以下検討してみる。

まず、前掲各証拠によれば、被告人は昭和五七年七月ころ鈴木元動丸と知り合ったものであるが、同人から玉田善治を介して「鈴木が属している全日本同和会を通じて税金の申告をすれば安くなる」旨言われ、昭和五七年度及び昭和五八年度の所得税確定申告を鈴木に依頼したところ、それまでは毎年五〇万円以上の所得税が課されていたのに、いずれもその一割にも満たない昭和五七年度は四九七〇〇円、五八年度は四一四〇〇円に軽減されたこと、被告人は昭和五八年七月一八日判示土地を代金三億七〇〇万円で孫仲奎に売却したが、その売買契約書には代金を二億四〇〇〇万円と圧縮記載し残余の六七〇〇万円については、脱税の目的でいわゆる裏金として受領していたこと、被告人は、右の二億四〇〇〇万円だけでも二〇〇〇万円位の所得税が課されるものと考えていたところ、その頃鈴木元動丸から直接または玉田を介して「自分のところに申告手続をまかせれば、税金を半分位に安くしてやれる」との話があり、これまでも鈴木に所得税確定申告を依頼し、税額が著しく軽減しているのに、特に税務当局から調査等がなくそのまま済んでいることから、同様大丈夫であろうと考え、これに応じて本件納税申告手続を鈴木に依頼したこと、その際鈴木らからは所得税が半減することの根拠については何の説明もなく、また被告人の方からも特に同人らにその点について説明は求めていないことが各認められる。

ところで、裁判所の長谷部純夫に対する証人尋問調書(写、弁第一号証)によれば、昭和五五年二月ころ全日本同和会京都府市連合会と大阪国税局及び同局管内の上京税務署との間に「同連合会傘下の同和地区納税者については、同和対策控除を認めるなど実情に即した課税を行うものとし、その納税手続を右連合会を経由して行った場合、これに関する税務当局の調査等は右連合会を通じて行う」旨の申し合わせがなされ、以来同連合会では、これにもとづき傘下対象者の納税手続を代行し事実上租税の軽減措置を講じてきたもので、これについて税務当局からの調査等は一切行われなかったことが認められる。しかしながら、かかる運用の是非はしばらく措くとしても、被告人の本件土地売却による所得が右にいう同和対策の対象となるような性質のものでないこと及び本件当時被告人についてその課税所得額を特に軽減し得るような正当な控除事由がなかったことを被告人自身十分承知していたことも証拠上明らかであり、「我が国の徴税制度の下において、なに人でも同和会を通じて申告さえすれば、正規の税額が合法的に半分になるというような不合理なことは、常識上到底あり得ず、強いてかかる税額の半減をはかるとすれば、何らかの不正な手段を用いるほかないことは、通常人であれば容易に理解できる」筈である。

そうだとすれば、前記認定事実に照らし、被告人は、本件申告手続を鈴木元動丸に依頼したことにより、同人ら全日本同和会の関係者が何らかの不正な手段を用いて被告人の課税所得のいわゆる過少申告をなし脱税することになるであろうことは十分承知していたものというべく、ただ、それについては、税務当局から調査されて発覚するようなことはないと考えていたということに尽るのであって、被告人に脱税の故意がないとする主張は到底採用の限りではない。

(法令の適用)

判示所為 刑法六〇条、所得税法二三八条一項

刑の選択 懲役と罰金の併科刑(罰金刑につき所得税法二三八条二項適用)

労役場留置 刑法一八条

執行猶予 懲役刑につき同法二五条一項

(裁判官 長崎裕次)

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